NHK全国学校音楽コンクールの危機的状況
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既に常用語になってしまっている“Nコン問題”については、10年近く公の場で声を大にして訴え続けてきたので、今さら一からその内容や経緯を説明するのも面倒だから大部分は割愛するが・・・ 毎年開催・放送されているNHK全国学校音楽コンクール。小中高それぞれに合唱課題曲が与えられ、問題は近年中学校の課題曲に集中する。POPSアーティスト或いは彼らに普段曲を提供している作家に作品を書かせたものを、合唱に編曲し課題曲として中学生に唱わせているのだが、その質の低さについては、近年教育音楽界では大きな問題となっていることは述べるまでもない。私自身も、旧番組体制のころから、担当者やチーフプロデューサー(以降CP)に直訴してきた。 しかし、Nコン組織は私や(私はともかく)、現場からの批判の声が相当数あることを知り、それを恐れながらも、数少ない支持層の意見を支えに無視をしてきた。 そしてついに、次回2017年度の中学校の部 課題曲で、NHKは越えてはならない線を越えてしまったわけだ。 作詞:秋元 康 歌:AKB48選抜メンバー35名 曲名:「願いごとの持ち腐れ」 3/11に放送された課題曲は、こちらで見聴きすることができる ↓ http://www.nhk.or.jp/ncon/music_program/kadaikyoku_j2017.html 今回、NHKが出した恒例のテーマは「夢」。 最初に曲名をみた時に、“〜腐れ” という言葉が、とても生理的に嫌だった。もっとマシな言葉があろうに。 嫌な気持ちをおさえて我慢して視聴した 残念ながらこの作品には、夢や希望が殆ど感じられなかった。詞の中で、共感できる箇所は全くないわけではない。例えば ラストの“世界中が誰かのため願えたらひとつになれる” という箇所は、そのとおりだと思うが、そりゃそうでしょう、とも思う。でも、それ以外の箇所については解釈がよくわからない。「一度きりの魔法」「たった一度きりのチャンス」という表現が出てくるのだが、争っている二人に「仲良くして」ほしいと、「僕は思わず願って」「僕にとってたった一度きりのチャンス 大切な魔法 ここで使ったんだ」 とある。・・それが僕の願い?、夢なのか? たった一度きりしか使えない大切な魔法を使ってしまったのだよね? 使った結果どうなった? ・・・どんな魔法を使ったのか、なんて愚問はさておき、なんで “一度きり”なのかがわからない。おそらく1回しかできないということが味噌なのだろうと考えて追ってみると、「魔法なんか欲しくない」と、魔法を否定している。そしてエンディングに「本当の願いは何か 見つけられたら幸せ」と。あれ? たった一度きりの魔法を使ったのは、僕の本当の願いではなかったということ?それとも?・・・ とにかく詞全体が殆ど抽象的な書き方なので、“僕”と“争っている二人”の三人が存在する以外、具体的情報がなく、映像が全く浮かんでこないし、一度きり使った魔法というのが不透明で理屈がどうもしっくりこない。これを読んだ中学生が理解できるとはとても思えない。詞を理解できなければ、合唱を深めることは出来ない。 要するにはっきり言ってしまえば、才人秋元康氏にしては、珍しく決定的にはずした詞であろう。やはり、POPS界で活躍しておられるからと言って、児童生徒対象の合唱作品も描ける というものではない、ということか。これは、単に能力云々という意味ではなく、POPSと教育音楽とは、世界が違うということだ。極端に言えば、水と油。この両方の世界で良い作品を描くことは、非常に難しいことなのだ。今回の「願いごとの持ち腐れ」は、それを露呈してしまった。 作曲はAKBに曲を提供している内山栞さんという若い女性作曲家。私は存じ上げなかった。内山さんは一生懸命に作られたに違いないが、失礼ながらネガティブな印象の旋律で、最後まで短調が続く・・・最後まで短調。短調だから良い悪い、好き嫌いという問題ではない。詞が目指しているベクトルに対して終始短調というのが秋元氏が目指しているテンションと噛み合っているとは思えなかった。“この作品は曲先で、後から詞をつけたのだから曲を批判するのは間違っている”という批判があることは知っているが、実際のことはわからないし、仮に曲先であったとしても、最終的に作詞者と作曲者が確認をしあって対等に精度を高めてつめていくことは当たり前のことである。どちらにせよ、詞と曲のテンションが噛み合っていないのであれば、作品として不完全だということには変わりはない。同業者である私が批判をするのは複雑な気持ちだが、その点も含めて作曲は普段合唱曲を手掛けている作曲家に任せるべきだった。 NHKによる全国ネット企画のNコンは、従って教育音楽界に於いて最も注目される大きなコンクールであり、同世界への影響力も非常に大きい。だからこそ、作品を送り出す側は真剣に制作しなければならないし、普通規模のコンクール以上に、Nコン課題曲としてふさわしい高い“レベル”が求められる。詩の説得力、美しい、或いは力強いメロディー、ハーモニー(ポリフォニックな箇所の配慮)・・・ これらの全ての要素がレベルに遠く達しておらず、この作品を生徒たちに合唱指導する先生方の苦悩は想像するに余りある。 AKB48の女声3部合唱については、 これを模範演奏だ、と評せる人は教育音楽界ではひとりとしていないだろう。AKBのメンバーが短期間とはいえ努力したことは評価されても良いことだが、あくまでAKB48バージョンであり、模範演奏ではない。 具体的には、いつもの彼女たちの発声なので、発音が硬く合唱として声がブレンドされないこと、音程も悪い、鼻濁音などに配慮が全くない・・・・どうもネットなどでは、この演奏を称賛する意見もあるらしいが、それはAKB48のファン層の書き込みであって、女声3部合唱の模範演奏を頼りにしていた現場の先生や生徒に対してとても失礼である。せめて、模範演奏はしっかりとした合唱団が歌い、オプションとしてAKBバージョンを披露すればよかったのだ。(個人的にはNコンに模範演奏は必要ない、ついでに曖昧なテーマも必要ない と思っている) (この“模範演奏”の指摘批判に対して、早速3月22日にNコンHPに訂正が入り、NHK東京児童合唱団の女声3部演奏の音声がUP、付け加えられている。) もう既に何度も、私はNHKに直接足を運んで物申しているので、もういい加減直訴するのもバカバカしくなってしまったが、さすがに今回のキャスティングには腹が立って仕方がない。我々教育音楽界の有志同志たちが、長年一生懸命に積み上げてきた努力をコケにするような一撃だったと思う。そして何よりも、Nコンに青春をかけ、何ヶ月もの間一生懸命に練習をする中学生たちに、こんな質感の作品を与える番組CPやスタッフは今度こそ徹底的に反省しなければならないし、ここまで来るとNHK会長にも大きな責任があると指摘せざるを得ない。彼らがこの番組を制作する理念が、もし“教育音楽のための番組作り” ではなく、“放送(視聴率)のための番組作り” であったなら、絶対に許すことはできない。 また、耳を疑ったのだが、近々“AKB総選挙”とやらの催しの際に、この曲の投票券、握手券付きCDを販売すると聞いた。我々がどんなに批判をしても、「こんなにCDが売れたのだから、この曲は世間に認められた」とでも言い訳、主張するのであろう。握手券をつけてCDを売るという商法と、Nコンの理念とは到底相いれない。秋元氏のえげつない商法云々以前に、NHKがそれを容認していることが極めて異常だ。 文科省さんも、この番組には“参加”をなさっておられるのだから、指摘指導しないわけにはいかないと思うのだがどうか。教育機関の長でありスペシャリストとして、この問題についてまさかお気づきでないはずはないし、行使出来るお立場なのだから、こういった状況時にこそ動いていただきたいと、切に願っている。ついでに申し添えるなら、例えば我々現場サイドの人間が、現場の声や意見書を相当数そろえずとも、文科省さんご自身のご判断ご決断で速やかに動いていただくべき問題だと思う。 2017.3.20 是非、ご意見を当HPアンケートコーナーにお書き下さい!(400字以内で)
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